みことば (ちょこっとだけ加筆あり)

f0128076_03466.jpg


聖書との出会いは私が高校生の時にありました。

私は中3でいじめられた友人をかばって、そのために次に自分がいじめの標的になったことがあり、
高校は県外の、自宅から2時間の通学を要するところにしました。
そこがカトリック系の私立の女子校だったのです。

もともと幼稚園がカトリック系だったことや、とにかく地元から離れたところに行きたかったこと、
そして心の奥底では「いじめ」のないような世界への憧れがあったのかもしれません。
とにかく学校生活では毎日お祈りをし、金曜日にはミサがあり、音楽では賛美歌を歌い、宗教の時間には眠い目をこすって聖書を読んでいたような気がします。

しかし、その時の私には、一度もその世界のことが自分のこととつながっているとは思えませんでした。
同級生の中には、ミサのときになると頭に白いレースをかぶっていた子が数人いましたが、クリスチャンになること、神様を知ることってどんなことなんだろう?・・・って思ったこともありませんでした。
ただ、レースをかぶった友人の姿が美しいな~という記憶だけが残っています。


そんな私が、36歳の時にクリスチャンになりました。
子供を通して再度教会に通うことになり、礼拝へと導かれ、そのメッセージの中で自分と向き合う時が与えられました。
36歳で初めて知った「本当の自分」は、なんとも情けない、自己中心で傲慢なわたしでした。
そこから神様の訓練は始まりましたが・・・そして今も続いていますが、
結論から申しますと、それはすべてが恵みと感謝に変わっています。

聖書のみことばによって自分をえぐる・・・そうすると自分の中のたくさんの汚い部分が見えて、それを捨てたくなります。中々これは難しい作業ですが、それを助けてくれるのがイエスさまです。
礼拝で牧師先生を通して語られる神様の言葉はぐさぐさ胸に突き刺さってきます。
突き刺さった部分は、イエス様にあやまって、「自分の力ではどうにもできません、助けて下さい」と宣言し、自分自身を手放して、イエス様と共に歩みだそう・・・と言う気持ちになります。


自分を知れば知るほど、その未熟さ、足りなさに恥ずかしくなるばかりですが、
そんな私を生かして下さっている神様は、きっとこんな私にも「用いどころ」を見出して下さってるとしか
考えられません。
それが何なのかは私にはまったく分かりませんが(笑)、明日もまた神様に喜んでいただけるように一日を過ごせたらいいなぁ・・・と思います。
そのために、みことばに触れ、みことばを信じて歩みます!



*写真のクローバー、自宅のブラッククローバーですが中にひとつだけ四つ葉のクローバーを発見!
[PR]
by poomingxxx | 2012-06-18 00:27 | 信仰~こころの内側