私のアン

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幼少から、私のアン好きはずっと続いています。
40になってもまだ「赤毛のアン」は時々読み返しているくらいなのですが・・・。
お正月にNHKでやった「赤毛のアン」の番組、ビデオに録画したものを先日観ました。
・・・やはり中々奥が深いですね。

上の写真は、私が読んできた「赤毛のアン」です。
左上は高校生くらいから繰り返し読んでいる文庫本。
真ん中の美しい挿絵のは、子供の頃に読んでいたもの。
両方とも村岡花子さんの訳で文章もまったく同じものですが、ただ子供の頃に読んだものはふり仮名がふってあったり、ひらがなだったりしています。

右は、数年前に買ったもの。村岡さんの美しい日本語が好きで、書き出しなんかは諳んじたりするくらい、他の訳者の方の本に手を出すことはない・・・とまで思っていたのですが・・・・こちらは時代背景を説明する注釈が本の約半分を占めているので、モンゴメリの生きた時代を知りたくて、さらにはアンが生きた当時の背景をもっと知りたくて読みました。

左下は、版画家山本容子さんの素晴らしい銅版画とともに、アンの言葉が紹介されているもの。こちらは銅版画にひかれて持っています。


もちろん、アンのシリーズは全て読んでいますが、今一番気に入っているのは「炉辺荘のアン」でしょうか。結婚してたくさんの子供を育てるアンの、母としての心の変化と、夢見る気持ちをまだ捨てきれないでいる少女性をもった部分のアンがとても魅力的です。
久しぶりに、また全巻続けて読もうかな。
「母さんまた『アン』読んでる~~~」って言われそうです(^^)

小学生の時には小学生なりの想像力で、そして今では今までの私の人生経験の中での想像力で・・・別の感動を味わえるのが、この本がここまで私を引き付ける理由かもしれません。
リンド夫人の「刺し子のふとん」ってどんなのだろう?マリラが作ったお料理ってどんなの?
自分なりの想像力をかきたてられる本に出あえて、また「暮らしを楽しむ喜び」を教えてもらえて本当によかったな・・・と思います。
そしてもう一つ、アンと共に大好きな「大草原の小さな家」もそうですが、クリスチャンになってから読み返すと、物語の中心に流れる目に見えない何かが「信仰」に立っていること、物語の主要人物たちがどうしてこういう風に考えるのか、行動するのか、立ち上がるのか・・・が理解できるようになった(=本当の意味での本の理解につながった)ことに気づきました。

ターシャ(ターシャ・テューダー)にしてもアンにしても、そしてもう一つ、大好きな「大草原の小さな家」の母さんにしても、強い意志と想像力、そして信仰を持つ生き方に、いつまでも憧れる私です。
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by poomingxxx | 2008-01-18 12:27 | 信仰~こころの内側